認知システム工学研究室では、人間の生活・活動環境のあるべき姿を追求し、
ヒューマンコンシャスで安全・安心な技術社会システムの実現を目標に、
人間の認知行動特性を反映したシステムデザインの原理と方法論に関する研究に取組んでいます。
近年の航空需要の高まりにより、増え続ける航空交通に対して安全で効率的な運航を続けるためには、今以上に航空管制システムや管制官の業務への負担が大きくなる。そのため管制業務においてのヒューマンエラーの発生はシステム運用において重大なインシデントに繋がる危険性を内包している。そこで、実験的に航空管制官の状況認識や判断・意思決定の認知プロセスを理解し、タスク分析を行うことによって、システム設計や人員訓練の基本となる航空管制業務のモデル化を試みている。さらに現在の航空管制システム機能そのものの安全評価や、システム設計をヒューマンファクタの視点から行う。
人工システムが時としてもたらす、大規模な事故の背景には、多くの小さなミス・不備(インシデント)が関わってくる。このインシデント情報を管理するため、レポートを義務づける企業も多いが、その分析が追いつかず、データが山積されてしまっているのが現状である。本来インシデントレポートは、再発を防ぐための情報共有を目的としているが、その目標は達成されていない。このような状況を打破するため、知識の概念構造(オントロジー)を用い、インシデントが発生する枠組み・背景などを的確に分析できるシステムの開発を目指している。
高い安全性が求められるあらゆる領域において実効性の高いSafety Management System(SMS)が要求される。SMSへの情報入力となるインシデントレポーティングはそのなかで極めて重要度が高い。本研究室では、民間航空会社の客室部門との共同研究で、質の高いインシデントレポートの作成を支援するツールの開発を行っている。人間信頼性評価の考え方を応用した原因分析フレームワークの提案や入力インタフェースプロトタイプの開発を行っている。
人間の協調・連携のメカニズムを理解し、チームや組織連携の評価・デザインに役立つ信頼性の高いヒューマンモデルを構築することは工学における大きな課題の一つである。そのためには、表層的な協調・連携に関する行動・データ分析だけではなく、 その背後にある認知プロセスの分析が不可欠である。本研究室では、 人がパートナーや他のチームに抱く意識的・無意識的なイメージ(相互信念)を基に人間の協調行動の背後にある認知メカニズムのモデルを開発した。 実験や認知シミュレーション、 発話分析などでモデルの妥当性評価を行うと同時にモデルを応用したチーム・組織パフォーマンスの評価手法や協調のボトルネック検出手法、インターフェース評価手法などの工学的応用を行っている。
チームや組織で運用される大規模システムのインタフェース評価には、ユーザビリティやワークロードといった個人の観点からの評価だけでは不十分である。チームアウェアネスや協調プランニングといったチーム行動の背後にある認知プロセスの観点や,相手に対する信頼・信念、組織やチームで暗黙に共有されている文化や規範といった協調の深淵の理解("We-ness”)に基づいた設計・評価が必要とされる。本研究では、社会学的観察や認知実験により従来の認知モデルの枠組みを超えた協調の深淵メカニズムを解明し、それに基づいたインタフェース設計・評価手法の開発を行っている。
自然災害や設備災害などの被害を最小にとどめるためには、政府、自治体、警察、消防、住民など多くの関係主体の円滑なコミュニケーションと連携を可能にするよう、平時における準備・計画など防災体制の整備と、防災訓練を通じたその周知と評価、改良が不可欠である。しかし、防災体制の設計のために大規模な防災訓練を繰り返すことは現実的に不可能である。そこで、災害事象の物理現象ばかりでなく、緊急時における人間・組織の行動を予測・評価し、もしもの場合に備えた緊急時防災の社会制度を設計するため、分散マルチエージェント・シミュレーション技術を駆使した緊急時人間行動シミュレータを開発している。
科学技術に関る社会的意思決定においては科学技術が有するリスクに関する情報の市民への提供が重要であるが、公衆がリスクをどう認識するかのリスク認知や、リスクメッセージの理解に必要な知識の社会的共有の問題が障害になることがある。そこで、リスク情報に基づく意思決定の社会的受容性を阻害する要因を明らかにするとともに、受け手のニーズや理解のレベルに応じたリスクコミュニケーションを行うための手法開発、市民がリスク情報に容易にアクセスできるようにするための安全オントロジーの構築とオントロジーに基づく情報検索技術などの研究を行っている。
サービスはそのプロセスの中に人間的要素が絡んでいるという特徴を持つ。ヒューマンファクタを考慮したサービスシステムのシミュレーションを行い、サービスの評価やより良いサービスをデザインすることを目指している。研究では、大規模空港における地上機運用をターゲットとし、管制官やパイロットの判断等の人間的要素を盛り込んだシミュレータを開発している。また、このシミュレータを利用したサービス改善案の創出手法の開発を行っている。さらに、最終的なサービスの受け手である顧客をモデル化することで、顧客を考慮したシミュレーションを行うことを目指している。
技術社会システムの複雑性には常に人間的要素が絡んでいる。そのため大凡あらゆるシステムのデザインにヒューマンモデルが必要となる。本研究室では、フィールド調査、質問紙・インタビュー、事例分析、データマイニング、認知実験などを組み合わせて様々な領域におけるヒューマンモデルの構築と、ヒューマンモデルを用いた計算機シミュレーションの開発を行っている。例えば、大規模空港(羽田)における航空機地上運用を対象に、管制官やパイロットのヒューマンモデルを盛り込んだシミュレータを開発し、新ターミナルや滑走路増設による影響予測や地上運用サービス改善案の提案などを行っている。
サービスのクオリティは社会や環境, 提供者, 受け手の認知, 行動特性,それらの関連性など様々な要因に左右される。本研究では,特に災害時の看護活動におけるサービス提供者の認知の理解および分析手法の開発を行っている。 実際に災害下で活動した看護師との話を通じて得られたデータを基礎に, 災害看護オントロジーを構築し, 認知タスク分析, 情況記述や知見記述,知の体系化等を目指している。
米国多発テロ以降の社会情勢危機や、大都市近郊での大規模震災が予想されるなか、緊急時のサービスの回復力や、復旧段階での達成度(レジリアンス)を評価することが求められている。レジリアンスを評価する際には、サービスに必要な各インフラに加えて、実際にそれを活用する人の活動も考慮しなければならず、また、それらは相互依存性があり個別に評価することはできない。本研究では、災害時の透析医療サービスシステムを例にとり、サービス活動とそれを支えるインフラをマルチエージェントと多層ネットワークでモデリングをすることでその両者を考慮にいれたサービスレジリアンスを評価し、レジリアンス上のための復旧計画の策定手法の開発を目指している。
大規模地震の発生が危惧される中、災害発生時に救命の鍵を握る医療機関において、初動体制を迅速に確立し、不確かな情報を基にした適切かつ迅速な意思決定が求められる。こういった災害対応力を養う実践的な方法として災害対応訓練がある。この訓練の事前準備における有用な訓練シナリオや情報付与表といった訓練コンテンツ作成を支援するツールを開発することで、事前準備にかける時間とコストを削減し、訓練に多様性を持たせることができ、また訓練企画の知識や経験が不十分な場合においても有用な訓練コンテンツの作成を可能にする。
大規模自然災害などの危機に対する組織・社会のレジリエンスを継続的に向上させていくためには効果的な訓練が欠かせない。しかしながら、訓練デザインのための知見や支援技術はいまだ十分に整備されていない。本研究室では、特に医療機関を対象として、訓練シナリオの効率的な作成と共有を可能にする災害コンテキストデータベースの開発とそれを用いた訓練シナリオ作成支援技術の開発を行っている。多組織・コミュニティによる支援システム利用によって、訓練シナリオの進化的デザイン、広域訓練シナリオや多組織間連携の創発的デザインを支援する要素技術やプラットフォーム開発を行っている。
専門家のタスク遂行や問題解決、意思決定の際の思考プロセスを抽出する認知タスク分析(CTA: Cognitive Task Analysis)において、様々な情報収集手法の中でもインタビューが主要な手法として用いられている。本研究では、認知タスク分析を行うインタビューエージェントシステムを提案し、効率的な情報収集を支援する手法の開発を行っている。そのため、認知タスク分析、言語学の知見、人間が行うインタビューの技法を実装し、さらに、インタビューエージェントを総合的に評価するための評価モデルの提案を行っている。
タスク遂行や問題解決,意思決定の思考プロセスを分析する認知タスク分析はエキスパートのヒューマンモデリングに用いられる。ここではインタビューが主要な手法として用いられるが、インタビューに要される労力は極めて高い。本研究室では、エフォートレスで効率的なインタビューを実現する認知タスク分析用の対話(インタビュー)エージェントの開発を行っている。従来の対話エージェントの問題点を克服するために、認知タスク分析手法、言語学・日本語学の知見、熟練インタビュアの技法を導入した。また、エージェントを総合的に評価するための評価フレームワークの提案も行っている。
多数の企業間の供給関係が織り成すサプライチェーンは,特に昨今の市場の複雑化・グローバル化に伴い,複雑ネットワークの様相を呈している.構造と機能の相関性ゆえ,サプライチェーンの実構造を把握し理解することが重要であるが,データ入手困難性等の障壁により,その実構造解析は他分野と比較して非常に後れている.本研究では,これまで定性的に議論されてきた自動車産業における部品供給構造を対象とし,実データを収集し,複雑ネットワーク解析を行なうことで、既存の理論等の検証や、災害時や新参入時などの際のネットワークの変化のシミュレーションを目的とする。
持続的な観光産業の成長には、観光客を引きつけた経験を基に関連部分の開発を続ける社会経済的なシステムの構築が必要である。旅行者のモデルは、既存研究では一般的な消費行動の観点から構築されることが多く、観光客の経験により影響するサービスの観点から構築されたモデルは少ない。本研究では、旅行者の決定と判断のプロセス・モデルをフレーミング効果の影響とコントラストバイアスを考慮した上で構築し、旅行者の行動モデルの妥当性を確認する方法論の開発を目指している。
災害時にはけが人だけでなく、難病や内部疾患のある人、高齢者、妊婦、障がい者などの災害時要援護者への対応、すなわち、要援護者トリアージが必要となる。しかしながら、現在、確立された要援護者トリアージ法はない。本研究室では、災害看護を専門とする看護師グループとの共同研究で、東日本大震災の実対応に関するヒアリングと専門家レビューに基づくトリアージ基準・方法の開発を行っている。本研究室は、主に要援護者ヒューマンモデルの構築とそれを用いたトリアージ教育支援ツールの開発を行っている。
研究対象
認知システム工学研究室では、主に以下のような分野を対象として研究を行っています。
- 現実情況における人間の認知・行動・相互作用・協調メカニズムの解明
- 人間の認知行動特性を反映した技術社会システムの設計手法
- 先進情報技術による人間の思考・判断・決定・学習の支援
- サービスにおけるヒューマンファクタとこれを考慮したサービスデザイン
- リスクに配慮した社会を実現するために必要な社会技術
研究では、エスノグラフィックなフィールド観察、事例分析、認知実験、
マルチスケールヒューマンモデリング、 コンピュータシミュレーションなどを活用しており、
これら研究手段の改良・開発にも取組んでいます。
研究室のメンバー紹介です。
個人のページ・サイトがある場合、名前をクリックすることで移動できます。
大学関連
学会
大規模震災が予想されるなか、災害時のサービスの持続性や、都市機能の回復といった社会システムのレジリエンスを評価・デザインすることが喫緊の課題となっている。社会システムをモデリングするためには、社会基盤(ハードインフラ)だけでなくそこで生きる人々(経済活動や生活)を考慮しなければならない。本研究室では、社会システムを生活-サービス・経済活動-インフラの複合的観点からとらえ、異なるシステム内・間に存在する複合的な相互依存関係を考慮した社会システムモデリングを行っている。マルチエージェントと多層ネットワークモデルを用いたシミュレーションによるレジリエンス評価手法を開発し、東京圏の詳細なレジリエンス評価を行うことを目指している。